21.菅原神社の石像 2015.06.07 1.桜島 2.鴨池市民球場の仁王像 3.荒田八幡宮の田の神 4.不断光院の仁王像 5.奥公園の田の神 6.辻之堂の田の神 7.鹿児島神社の田の神 8.新村の田の神 9.中福良の田の神 10.肥田の田の神 11.甲突川河頭地区ほぞ穴群 12.村社南方神社の仁王像 13.川田神社社殿前橋 14.川田の庚申供養石砌塔 15.中組の田の神 16.中組の庚申塔 17.白木山の田の神 18.吉水の田の神 19.埒の田の神3 20.蛭児神社 21.菅原神社の石像 22.松永の石像 |
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| 霧島市隼人町松永 |
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| 菅原神社略記 「御祭神は天満天神菅原右大臣菅原道真公神社の下を流れております霧島川を芦江川と申しまして芦江殿という人が建立されたと古記に在ります。岩中に山中に鎮座されますので『森の天神様』とも申して居ります。当神社は『天神さま』学問の神様と崇め奉り、入試合格・学業成就祈願に、近隣遠く鹿児島方面からの願かけ参拝あり。日本全国八萬の神社の中に天神社が一萬一千社も有り、これを見ましても如何に天神様が一般民衆に親しまれて居るかがうかがわれます。『道真公は平安朝九世紀末から十世紀初期にかけ、たぐいまれなる才能を持ちながら、悲劇的な最期を遂げられた文民政治家でありました。』圧倒的なすぐれた文学者であると同時に、時の右大臣最高の政治家でありながら第五十九代宇多天皇のちょう愛篤く何かと面白からぬ妬みから在らぬ噂が流れ左大臣藤原の時平、六十代醍醐天皇に進言天皇の怒りをかい、右大臣の職を追われ九州の大宰府に左遷時に延喜元年(紀元1559年)五十七才此の地で亡くなる迄実に三百八十首すぐれた詩文を残し遥か都におわす天皇へのいちずな思いを詠た絶句に 去年の今夜清涼に侍す 秋思の詩篇 独断腸恩賜の御衣今ここにあり 棒持して 毎夜余香を拝す 延喜三年二月五十九才の人生を配所て寂しく閉じた。」 |
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| 3年3ヶ月ぶりの訪問 |
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| 境内の石造物 |
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| これは田の神のようでもありますが |
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| 違うようでもあります 22.松永の石像ヘ |
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