其中庵
2011.06.12

山口市小郡下郷




其中庵(ごちゅうあん)
「其中庵は、自由律俳人、種田山頭火が昭和七年九月から昭和一三年一〇月まで暮らした庵である。句作と行乞の旅に生きながらも安住の地を探していた山頭火は、小郡に住む俳友、国森樹明、伊東敬治らのすすめによってこの地に庵を結んで、多くの俳友と交流を深めた。
 山頭火は、近郊を行乞しながら、この其中庵で『三八九』第四、五、六集、句集『草木塔』、『山行水行』、『雑草風景』、『柿の葉』などを発行し、最も充実した文学生活を過ごしたが、庵の老朽化に耐えず、山口市に居を移した。
 現在の其中庵は平成四年三月に当時の建物を復元したものである。」


其中庵のいわれ
「山頭火が好んだ言葉に、法華経の普門品第二十五にある“其中一人作是唱言”という一節があります。
 意味は災難に遭った時、又は、苦痛に苛まれた時に、其の中の一人が“南無観世音菩薩”と唱えると、観世音菩薩は直ちに救いの手を差し伸べられて、皆を救われ、悩みから解き放たれるという事で、山頭火は結庵する時には庵名を、この一節の中の“其中”にすると決めていました。
 “其中庵”の語源は、この“其中一人”を自分に置きかえて、その一人が住む庵ということで“其中庵”となったのです。」

平成四年三月完成 山口市教育委員会
山口を回ると山頭火によく出会います

内部

旅に生きた人として共感を覚えます