清水山見瀧寺宝地院
「天台宗の寺院で由緒記によると、延暦二十二年(803)桓武天皇の勅を奉じて聖命上人が開基した国家鎮護の道場であった。この当時の境内は、現在地より山奥にあったとされ、一里ほど奥の東合は清水山、西谷は金剛山と称し、開山は堯空上人で坊中三百坊ばかりの道場であった。しかしこの坊宇は戦火によって焼失したという。
佐賀藩主鍋島勝茂は、武運長久と国家安康を祈り、寛永四年隣江山住持豪舜法印を中興開山とし、観世音菩薩を勧請し清水山を建立した。境内には仁王門、鐘楼、弁財堂などがある。土用丑の日には参詣人が多い。
滝つぼ前の『節土倉永清雄之碑』は、元文年間佐賀藩主鍋島宗敬の大病平癒を祈願して、厳寒の滝にうたれて凍死した倉永清雄をまつったものである。
昔日のおもかげはないが、清水の滝と門前の鯉の生づくり料理、夏季のキャンプはよく知られている。」
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