鷹居八幡神社の猿田彦大神

2018.06.15


宇佐市大字上田




鷹居八幡神社由緒
「応神天皇の神霊は、元明天皇和銅三年(710)の御出顕で御父仲哀天皇・御母神功皇后の神霊は後に合わせ祭るとある。応神天皇の御神霊を八幡大神と称し奉るは、人皇三十代欽明天皇の御宇二九年(568)豊前国宇佐郡宇佐の亀山(小椋山・菱形山)の麓に三才の小児とあらわれ『吾れは応神天皇の御霊広幡八幡麻呂なり』と大神比義に諭された。
その後神殿を造営するにあたり、人皇四十三代元明天皇和銅三年(710)この鷹居山に三才の小児が鷹となって飛来し、再度大神比義に諭された。
比義は朝廷に社殿のご造営を奏され、ここに八幡大神の神霊を祀る最初の霊地『やしろ』が造営された。霊亀二年(716)この官道(国道)は人の往来が激しいので小山田の林に移りたいとの託宣により。小山田社に移祀され、またこのお山田社に境内がせまいので小椋山に移りたいとして神亀二年(725)現在の宇佐神宮へ移祀された。
以後この鷹居社・小山田社の二社は、江戸末期まで宇佐神宮の摂社として存続したが、明治維新以後各神社は地域住民の鎮守のヤシロとされた。」

平成六年三月 宇佐市商工会議所 観光部会
鷹居八幡神社

参道を進むとすぐ右手

祠の右側に

猿田彦大神

側面

宝暦七天丑(1757)

背面

祠内

社殿