阿弥陀寺

2008.03.09

国東市国見町赤根




県道31号線沿いに阿弥陀寺

俳人・種田山頭火句碑
「一介の乞食僧となり母の位牌を胸に、泥酔と放浪に生きた異色の俳人・種田山頭火(明治15年〜昭和15年)は、その行乞流転の旅にあって、人々の心を捉える数々の俳句を残している。彼の俳句は、その特異な境涯とともに、季語や五七五の型に拘らない自由律俳句で貫かれている。彼は、解くすべもない惑いを背負って全国を彷徨い、自己の真実と心の安らぎを求めつつ、大自然に畏敬し、一木一草を愛し、友を慕い続ける優しくも熱い心情に満ちていた。句碑にある句も、そんな思いが詠われている。」

こんな山水でまいまいがまうてゐる
「昭和4年11月筑紫三十三観音霊場巡りの途についた山頭火は、同月26日赤根の里のここ阿弥陀寺に旅の足を休めたとの言い伝えもある。その日、中津の句友・松垣昧々宛の書簡で『ようしぐれますね、けふもしぐれて、ぬれて歩きつづけました、両子寺、天念寺、椿堂、地蔵峠を下るときには、もう暮れました』と書き送っている。この句はその日に詠まれたもので、句の“まいまい”はミズスマシのことであるが、暖かく歓待してくれた句友・昧々への思いをかさねていたのかもしれない。他に『いただきのしぐれにたたずむ』(国見温泉・あかねの郷前に句碑=徒歩8分)『ぬれてしぐれのすすきわけのぼる』(湯の里・渓泉前に句碑=徒歩10分)の句も詠んでいる。」
国見の歴史と文化を高める会
本堂