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梅園身代り天満宮境内橋
2008.05.04
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長崎市丸山町
橋長:2.4m
橋幅:1.9m
単径間円弧桁橋
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梅園身代り天満宮
お社のいわれ
「ここの天満宮は元禄十三年(一七〇〇)丸山町乙名安田治右衛門によって創建され、以降丸山町の氏神様として親しまれています。
元禄六年(一六九三)安田治右衛門が二重門(現丸山交番付近)にて梅野五郎左衛門に襲われました。そして、自邸に担ぎ込まれたが不思議なことにどこにも傷が無く、身代りに庭の天神様が血を流して倒れていたそうです。その後、この天神様を身代り天神と呼ぶようになりました。
そのほか明和安永年間(一七七〇頃)より、この場所は長崎奉行の許しにより芝居や見世物、相撲等の興行が行われるようになり、また、花街に接しているところから遊女や芸者さんが多く参拝していました。さらに明治三十一年(一八九八)社殿大改修の際には文人墨客により天井絵を奉納されています。
また、第二次大戦時、丸山町の出征を命ぜられた者は必ず参拝したそすが、身代り天神によりすべて無事に帰還したそうです。」
丸山自治会
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末永さんの情報で訪れました
狭い路地を抜け、階段を上ると白塗りの鳥居が建っています
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両側には高欄が取り付けられていた跡があります
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側面
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改修時に橋の下から出てきたそうです
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折れた部分が鉄筋で補修してある親柱
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割れていた側石は接着剤で補修されたそうです
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側石は加工がしてあり、横桁を受けていました |