十輪寺跡
「古くは、桂昌山地蔵院『十輪寺』と呼び、曹洞宗のお寺であった。本尊は地蔵菩薩で、都城高木村にあって『拾輪寺』と呼んでいたが、寛文九年(1669)九月本府福昌寺三十四世持峯代英和尚が開山し、福昌寺の末寺とした。山之口地頭二代目伊集院備後守(正保三年・1646四月没)、三代目伊集院源右衛門(万治元年・1658一二月四日没)などをはじめ沢山の剛氏達の墓も残っている。同敷地内にそびえ立つ樅の木は、昭和六十一年三月七日山之口町文化財に指定され、宮崎県の巨木百選にも選定されている。
推定樹齢 400年
幹周 5.4m 樹高 20m」
山之口町教育委員会 |