市指定文化財
建造物 振徳堂
「振徳堂は飫肥藩の藩校として、第13代藩主伊東祐相が天保2年(1831)に建てた。
八幡通り側には高さ3mを越える切り石の石垣が積まれ、南に面した入口には長屋門を構えている。敷地内には主屋の他に武芸所、寮なとの施設を構えていた。
振徳堂の教授には安井滄洲、教導として安井息軒や高山信濃、落合敬助(雙石)等が任じられた。
この藩校からは、小倉処平や小村寿太郎などを輩出している。
振徳堂の建物は、西南戦争では飫肥隊の兵站部となり、以後尋常高等小学校、青年学校を経て、戦後は飫肥保育所をして使用されていた。
昭和51年(1976)に飫肥城復元事業の第一号として市民の募金により修理、復元した。」
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