黒田の家臣

2006.07.30

日向市大字細島




黒田の家臣 県指定文化財史跡
幕末勤王家海賀宮門外二士の墓
「県指定文化財史跡“幕末勤王家海賀宮門外二士の墓”は、日向市細島の東端、御鉾ヶ浦海水浴場から東に1.5Kmの小島・通称古島・の中央部にある。
 文久2年(1862)4月、京都で起きた寺田屋騒動当事者の黒田藩士海賀宮門直求(筑前秋月)、中村主計(肥前高原)、千葉郁太郎(但馬気多郡)の3人が薩摩藩主島津久光の手代により捕縛され、細島を経由して鹿児島に護送される途中、細島古島沖合いで惨殺された(という伝説がある)。そして同年5月4日、3人の遺体が古島南端部に漂着した。細島の人々は、勤王の志が厚かった3人の死を心から悼み、ここに埋葬し霊を弔った。現在も毎年5月4日に命日として丁重に弔い祭られている。地元日向ではこの地を“黒田の家臣”と親しみを込めて呼んでいる。
 3人は、寺田屋にて薩摩藩有志とともに討幕運動の最中に捕われた。明治政府は、勤王家として明治24年(1891)海賀宮門に正五位、明治31年(1898)千葉郁太郎に正五位を授与した。
 江戸幕藩体制の崩壊過程に見られた京都の事件が、ここ日向市にまで波及し、その舞台となったことを証明している歴史遺産である。」