火の国発祥の地・・・宮原町
「氷川は、むかし“火ノ川”と呼ばれていた。
氷川の水源は、遠くの泉村の奥岩川や栗木川にあり、一つは下厳、北種山を経てくだり、もう一つは座連川、鹿路川、川俣川となり、北種山に合流し、その川を“火ノ川”と呼んだ。この川筋には火打ち石が多い。
いまの氷川は、種山川から“火ノ村”(立神一帯から宮原地方の村名)の畔りで火ノ川と呼ばれ、八代湾に入った。火ノ川は、後世になって肥伊川と呼ばれ、近代に入り氷川となった。
氷川を火ノ川と呼んでいたころ、宮原一帯の集落は、火ノ川の畔りの“火ノ村”と呼ばれていた。
火ノ村は、国や郡や郷の名が、すべての漢字の二字で書く定めができたため、“肥伊”の郷となり、7世紀の後半ごろ“火の国”と改められ、さらに“肥の国”と改称され広がり、肥前と肥後の国の名前に発展していった。」
宮原郷土史より |