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千光寺参道橋

2015.04.04

阿蘇郡南小国町赤馬場

橋長:m
橋幅:m
桁:3列
単径間円弧桁橋




千光寺の由来
「千光寺は、小松内大臣平重盛公の菩提を弔う為遺臣達の手により建立されたと伝えられる。
(仏像の背景に千百七十五年安元元年末三月中旬建立の墨書きあり)
 本尊は、十一面観世音菩薩(五尺三寸)で平安後期の仏像として県の指定をうけ 又、境内には県内で始めて指定された元養元年の板碑があり高さも五尺三寸と本尊の像高と一致する点から若くして世を去りし 将来の英主重盛公の死を惜しみ等身像を刻んで 後生菩提を祈願せしものと推定される。
 現在の堂宇は、元禄六年解○再建せし旨 墨書きが仏像後背になされており 堂床と称する地に建立されていた。その下方には泉口と言われる湧出の所があり 江戸時代までは泉光寺の文字が書かれている。
 その他、永正十六年(1519年)六地蔵塔の脚のみが残っており仏供田と称される。寺田から経筒(鎌倉時代)が発見されている。
 当本尊観世音菩薩は子授けの霊験あらたかにして 至心に祈願をこめてご利益を受けし人少なからず 子安観音の名でも知られている。
 毎年八月十日大祭が行われる。」

平成13年3月 南小国町教育委員会
千光寺前に架かっています

側面

側面

お堂

境内の板碑

千光寺の板碑 熊本県指定重要文化財
「この板碑は千光寺の境内に倒れていたのを、昭和40年に起こしたもので、熊本県最古の在銘板碑である。
敬白大法印勝賀
勧請□□高
天養元年甲子十二月十三日
と刻銘されている。
 高さ五尺三寸(160.61p)で、本尊の像高と一致する。」

昭和55年1月
南小国町教育委員会