鹿父神社
「御祭神
社は大浜と横別府現在地と二社あったが大浜の社は宝暦年間以前に現在地の社に合祀したと伝えられる。祭神は開聞権現で、杖聞神社の分神とされている。
鹿父神社名前の由来
神社の名前の由来について、昔は地方にかわいい女の子が生まれると、その女の子をお妃として献上するならわしがあったそうです。そんな時代にある家にひとりの美しい娘が生まれました。その娘は大きくなるにつれて、地方一の美しい娘に成長したのです。そこで氏子は、娘を時の天智天皇のお妃として献上しました。お妃となったこの娘はいつどんな時でも足袋をはいたままで絶対に脱ぐことがなかったそうです。この様子をご覧になって不思議に思われた天皇は、ある雪の朝雪ふみをやらせました。ところが大変不思議な事にお妃の歩いた足跡は なんと鹿の足跡そっくりだったそうです。そこで驚かれた天皇はこのお妃を生涯の荷物と一緒にオツワ舟に乗せて沖に流されました。そしてこの舟が流れついたところが大浜海岸であったと云われています。
お妃の足跡が鹿の足跡であったところからその父親はおそらく鹿であったろうと言う事で鹿父神社と命名されたと云われております。」 |