六地蔵 輝北町指定有形民族文化財
「説明
大きな塔は、島津義弘公が朝鮮征伐後戦没者供養のため藩内各地に建立されたのが始まりといいます。制作者及びその年代は不明ですが、長い間『イボ』を治す神様として大豆を供える風習があり、地区民に親しまれてきました。
一向宗弾圧の難も逃れ無傷で保存されてきましたが、下方共同墓地建設のとき笠石を傷つけセメントで補修がしてあります。
なお、後ろにある小さな六地蔵にも、放光王地蔵・預天賀地蔵・金剛寶地蔵・金剛願地蔵・金剛悲地蔵・金剛憧地蔵の地蔵名が刻まれています。」
平成十年三月
輝北町教育委員会 |