島津豊州家関係石塔群
「豊州島津家の墓は、帖佐の総禅寺墓地と鹿児島市冷水町の興国寺墓地にある。本石塔群は通称『島津どんの墓』と呼ばれている。
中央に大自然石の墓があって鈍は一部剃落しているが、『平山月桂浄心居士』とあったもののようで、豊州家第九代久邦の弟久可のものである。
久可は平山氏の嫡嗣となり李門と改名した。傍に小石塔があり、『月桂浄心大居士』の法名が刻まれ、また『明和六丑五月廿五日』とあるのは、久可の百年忌に供養塔として建立されたものであろう。
奥の方には五輪塔の外三基の墓があり、前方に二基の五輪塔、墓入リロに銘のある平石の逆修墓がある。
明治二年の廃仏毀釈の際、豊州家ゆかりの墓石塔をこの地に移転したものであろうと思われる。」
薩摩川内教育委員会 |