武の田の神 昭和57年3月24日指定 鹿児島市有形民俗文化財
「南九州(旧薩摩藩地域)独特の石像である田の神は、古くから『タノカンサア』と呼ばれおもに江戸時代中頃に稲の豊作を願ってたてられました。
この田の神は自然石に像を浮き彫りにしたもので、頭にはコシキをかぶり、右手にはめしげ(杓子)、左手に椀を持ち、野袴をつけた姿は踊っているようです。とくに自然石をうまく生かしたところにこの田の神の特徴があります。製作年代は右隣の石碑に『安永七歳、奉庚申供養、武村三才中』とあるので、およそ230年前の1778年に庚申供養のため旧武村の三才(おせ:壮年)によってたてられたことが分かります。昭和29年武幼稚園が開園した時、付近の田んぼに立っていたこの田の神を現在地に移しかえたものです。
※庚申信仰とは 昔は干支の庚申(かのえさる)にあたる日に寝ると、人間の腹の中にいる三匹の虫がぬけ出し天にのぼり、その人の罪を天帝に告げるという言い伝えがあって、その夜は眠らないで過す(庚申待)風習があった。また、そのための庚申供養塔もたてられたが、江戸時代にはいると庚申信仰と結びついた田の神像も多くたてられるようになった。」
鹿児島市教育委員会 |