史跡 隼人塚 国指定史跡
「指定理由 「古事記」「日本書紀」「風土記」等に記載されている古代南九州の住民クマソ・隼人族の反乱(隼人族の反乱は養老4年・西暦720年)にちなんだ史跡として指定された。
建立目的 反乱の時殺されたクマソ・隼人の霊が崇りをなしたので、その供養のために隼人塚が建立されたと伝えられる。ただし建立の目的をはっきり書いた文献・考古資料などは発見されていない。
遺跡の時代 平安時代。 隼人塚の造立年代は、大隅国分寺の石塔(康治元年・西暦1142年)との比較から、ほぼ平安時代後期と見られている。
石塔の塔身4面に彫られた仏像や笠石の造りに平安時代の様式をうかがうことができる。隼人族が反乱を起こした奈良時代の造立を裏付ける物は見当たらない。
遺跡の特徴
1.石塔が3基並んで建っていること
2.各層とも塔身軸部四方に仏像が彫られていること
3.四天王像が四方に立ち石塔3基を取り囲んでいること」 |