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茅葺き屋根 国東町横手付近で見かけました |
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霊仙寺 香々地町大字夷 由来 「当山は山号を夷山、寺号を霊仙寺と称す 国東六郷満山28ケ寺中末山本寺の古刹にして養老2年(718)宇佐八幡神の応現である仁聞菩薩の開創といわれる。 本尊は千手観世音を秘仏として安置しており祈願たえない。 平安後期作の阿弥陀如来(坐像)及び不動三尊像を併祀される。亦、隣接の六所神社は往時当山の奥之院であった。山門、梵鐘等由緒深きものがある。 石造彫刻としては江戸初期作とみられる山門前の仁王像は国東の佳作であり、更に丸彫りのも二躯が祀られる。その他石造、二天像、国東塔(桃山期推定)亦大地蔵尊は像高4.87m、総高6.50mで安政7年の彫作で一石地蔵尊では九州最大である。」 |
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| 焼尾塔ノ本国東塔 香々地町大字夷 県指定 「南北朝時代の作とされている。総高234cm基礎二重、台座・塔身・笠・相輪がそろっているが相輪の上部の欠損が惜しい意。塔身首部は別石、格狭間が立派、全体が美しい。笠の上の板碑形の格好を刻んだ露盤が珍しい。 各部に南北朝時代の特色が表れており価値が高く優秀作であるという。」 香々地町教育委員会 |
夷耶馬 |
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| 施恩寺仁王像 町指定 「この仁王像は珍しく花崗岩でできています。別宮八幡社に奉献されていたものであるが、神仏分離令が出た際願主の能丸家に返され、改めて檀那寺の当寺に奉納されました。花崗岩はこの地には産しない。どこか他所で造られ船で香々地に運ばれたと伝えられています。 寺内には観音堂・墓地の無縫塔・十王像・弥陀三尊の梵字仏石・経王塔・地蔵像など長い歴史を語る文化財が多数あります。 陽春四月の頃はつつじの花が、門前から前庭裏庭にかけて咲きほこります。」 香々地町文化財調査委員会 |
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