巴橋 国登録有形文化財(建造物)
「巴橋は石造の橋で、大神宮側の親柱には、『明治三十九年』と彫られています。1906年に建設されたこのアーチ橋は岩盤上につくられ、長さ11m、幅3mの大きさです。方形に整えられた比較的大きな地元産の凝灰岩質の砂岩を、目が横に通るように積み上げる布積という工法で築かれ、橋の両側にある石垣に接続しています。
同じようなアーチ形の石橋で著名なのが、南房総市白浜町の長尾橋です。明治21(1888)年に架けられ、県内では唯一の3つのアーチをもつ石橋として、干葉県有形文化財(建造物)に指定され、『めがね橋』の愛称で親しまれています。
巴橋には1つのアーチしかありませんが、地元の人たちは、眼鏡の橋と呼んでいたとされています。残念ながら、図面を含めて資料は残っていませんが、地元犬石の職人島田岩吉が設計して築いた橋だと伝えられています。
長尾橋も地元の石工が築いたとされていますので、明治時代になって次々と導入された西洋の技術が、安房地方の職人の間にも普及してきていたことがよくわかります。
大正12(1923)年の関東大震災で、巴川を逆流した津波は、すごい勢いで巴橋を飲み込み、上流へと流れ込んでいったとされていますが、石積みのこの橋は、津波の勢いにも負けませんでした。また太平洋戦争中、近くの佐野にあった旧館山海軍砲術学校の戦車がこの橋を渡っても、重さに耐えたとされています。
関東に残る数少ない明治期建設の石造アーチ橋であることが高く評価されましたが、巴橋は、20世紀の館山の歴史を物語る証人でもあります。」
平成20年7月 館山市教育委員会 |