石蔵とアーチ橋
国分寺町石舟地区寄贈
「昔のこんぴら街道沿いにあったこの石蔵とアーチ橋は、国分寺町鷲ノ山産の石(角閃安山岩)で造られている。この石は、古墳時代には畿内に運ばれ、石棺にも使われており、“石舟”の地名の由来となっている。
石蔵は、明治中頃に造られたもので、四国では大変珍しく、当時としてはぜいたくな煉瓦を床に張ったモダンな建物である。今でも全く狂いがなく技術的にも卓越した石工の作品である。
アーチ橋は“明治三十四年(1901)石工兎子尾与次郎・米吉”が築造したとの銘が頂部の楔石の下面にある。楔石の正面には彩色した鯉と唐獅子の彫刻があり、この様な例はめずらしく全国的にも注目されている。」 |