栗林公園
2009.11.22

高松市栗林町1丁目




栗林公園
「本園の起こりは、元亀、天正の頃から当地の豪族であった佐藤氏によって、西南地区(小普陀付近)に築庭されたのに始まるといわれ、その後、寛永年間(1625年頃)讃岐領主生駒高俊公によって、南湖一帯が造園され、寛永19年(1642年)入封した松平頼恭公(水戸光圀公の兄君)に引き継がれた。
 以来5代松平頼恭公に至る100年余の間、歴代の藩主が修築を重ねて延享2年(1745)に完成されたもので、明治維新に至るまで松平家11代228年間にわたり、下屋敷として使用された。
 明治4年(1871年)高松藩が廃され、新政府の所有となったが、明治8年(1875年)3月16日、県立公園として一般公開され、現在に至っている。」
南湖

南湖、奥の建物は掬月亭

瞰鴨閣
「池に張り出し群鴨池が見渡せる瞰鴨閣。群鴨池は鴨場であったことから、ここは冬に集まってくる鴨の様子をうかがうための建物。」

涵翠池
「掬月亭西の池。涵翠池は、翠(みどり)を涵(ひた)すという意で、石組みの素晴らしい中島の瑶島(ようとう)の木々だけでなく、背景となっている紫雲山の自然を含めた意図で命名したもの。」

石壁(赤壁)
「野趣に富んだ西湖の景を支えている石壁は、“赤壁”とも呼ばれ中国の揚子江左岸にある景勝地で、詩人蘇軾が“赤壁賦”を詠んだことで有名な赤壁に因んで名づけられたとも言われている。自然の岩盤を巧みに取り込んだスケールの大きい庭景を造り出している。」

偃月橋、南側

偃月橋、北側

迎春橋

左:至岸梁、右:津筏梁