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頓証寺勅額門奥橋
2009.11.22

坂出市青梅町

橋長:0.6m
橋幅:3.9m
単径間円弧桁橋




重要文化財 頓証寺勅額(勅額門)
「頓証寺は、保元の乱に敗れ讃岐に配流された崇徳上皇が、この地で崩ぜられたのち、その頓証菩提を弔い御霊を慰めるために、鎌倉の初期鼓岡の御所を移したと伝えられ、、朝野の尊崇が厚かった仏殿である。
 前面の門は、延宝年間高松藩主の再建したものであるが、応永二十一年将軍足利義持の執奏によって、後小松天皇御宸筆の扁額が奉納され、この門に掲げられていたので、この門を勅額門と呼んでいる。
 現在掲げられる扁額は後世の模刻で、実物はいま宝物館に収蔵されている。扁額は古法の額字伝によった“頓證寺”の三字を約一糎の高さに彫り出した縦九十六・五糎、横六三糎の板の周囲に、斜め外に向けて花の操り形のある縁を耳字形に取付け、縦一米三十九糎、横一米十五糎の大きなものである。全面に黒漆を塗り、文字と周囲の二重枠及び縁の上面に一・五糎角の金箔を散らした室町期工芸の優品で、重要文化財に指定されている。
 勅額門は通例の寺院の門と異なり、保元の乱で上皇方の将として戦った源為義・為朝父子の像が随身として安置され保元の昔を偲ばせている。」

坂出市教育委員会
頓証寺勅額門

門をくぐったところです

側面
奥は薬師堂