天女橋 国指定建造物
「15世紀末に朝鮮王から贈られたお経「方冊蔵経(高麗版大蔵経)」を納めるため1502年円鑑池の中にお堂が設けられました。そこへ至る橋が天女橋で当初は観蓮橋と呼ばれていました。
1609年薩摩の琉球入りでお堂は破壊され方冊蔵経は失われました。1621年に至って新たにお堂を建て弁財天像をまつり、以後弁財天堂と呼ばれ、橋も天女橋と呼ばれるようになりました。
天女橋は中国南部にある橋に似た琉球石灰岩を用いたアーチ橋で全長9.75m、幅2.42m、欄干は細粒砂岩でつくられています。
1945年沖縄戦で弁財天堂は破壊され天女橋も大破、1968年弁財天堂は復元され翌年天女橋も修復されました。」
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