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通潤橋
2003.10.25

上益城郡山都町(旧矢部町)城原

五老ヶ滝川
橋長:75.6m 
橋幅:6.3m 
橋高:20.2m 
径間:27.5m 
拱矢:14.4m
架橋:嘉永七年(1854)
石工:棟梁 宇市、副棟梁 丈八(橋本勘五郎)、甚平、他のべ2万7千人





通潤橋(つうじゅんきょう) 国指定重要文化財  指定:S35.2.9
「通潤橋は灌漑用水を送るためにつくられた水路橋です。
建設者は、矢部総庄屋布田保之助、工事を担当したのは卯助・宇市・丈八ら「肥後の石工」と呼ばれる名工たちです。工事は、嘉永5年(1852)12月から1年8ヶ月を要しました。
通潤橋は何のためにつくられたのでしょうか。まわりを深い谷に囲まれた白糸台地は水に乏しく、田んぼの水はもちろん、飲み水も足りないような状況でした。
このような人々の苦しむ姿を見かねた布田保之助は、6Km離れた笹原川から水を引き、連通管の原理を利用した通潤橋を完成させました。この工事の完成により、白糸台地に100ヘクタールの水田が開けました。
橋の長さ  75.6m
橋の幅    6.3m
橋の高さ  20.2m
石管の長さ 126.9m」

山都町
ちょうど放水

初めて見たときには感動を覚えました

以上 2003.10.25撮影


雪のためか、時間のせいか、誰一人いません。

放水口の下にはつららが

以上 2003.12.20撮影


放水の瞬間

2004.03.07撮影


2004.09.18撮影


2005.08.14撮影


「棟梁:矢部の宇一、副棟梁:種山の丈八、甚平」
以上 2006.07.09撮影


2年2ヶ月ぶりの訪問、放水開始の12時を少し過ぎて到着

橋上のKさん

布田保之助像の前で
以上 2007.09.30撮影


約1ヶ月ぶりの訪問

抜けるような青空は初回訪問以来のことでした

空の青さが水に映えています

 ディレクター氏は同じことをシーンを変えて繰り返し繰り返し聞いてきます。その中で自分でもはっと思ったことは、「何故石橋を下から見ることにこだわるか?」の質問に通潤橋の下での答え「輪石は石橋の生命だから」でした。
何も考えず、潜在意識の中にあるものが口に出たようですが、自分でもようやく納得できました。石橋の生命が一番よく見える場所が、橋の下だからなのです。

Kカメラマン、落ちたら大変ですよ

白糸台地側の吐き口
以上 2007.11.03撮影